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パーツ館にようこそ
 韓国駆逐艦《広開土大王》(相いかわらずアホな名前だ。イギリス人には読めないヽ( ´-`)ノ)が火器管制レーダーを海自のP-1に照射した問題。

 ルビコン川を超えた気がする。

 韓国海軍は過去にもいろんな国で節目ごとに無礼をはたらいてきた、世界に名だたる破廉恥海軍だけど、今回はルビコン川を超えたといっていいと思う。

 なにより、いいわけがひどい。

「北鮮の遭難漁船を捜索するため、より高性能の火器管制レーダーを使った」と、公式に表明した。

 えーと、情報が錯綜しすぎてて、いいリンク先が見つからないけど(後日、リンクを張ります)。

 もちろん、これはいいわけになってない。

 この駆逐艦が搭載する海面探索レーダーはAN/SPS-55だけ。対して、使用したのは「対空」作戦に使う「ロックオン」専用のレーダーSTIR-180だった。

 当該射撃管制装置のレーダーは対空用で、海面には対応していない。

 当然ながら、アクティヴレーダーで、捜索には使えない。

 つまり、いいわけになっていないだけでなく、いいわけが雑すぎる。

 今年になってから、韓国のいいわけは、こういう「雑さ」がきわだって増えている。明らかに日本を挑発しているのだから、もうすこし繊細な理由を用意しなければならないのに、その努力をしなくなってしまった。

 端的な例が、今年10月の観艦式。努力しないだけじゃなくて、挑発をエスカレートするようになったわけですよ。

 もちろん、各国海軍は常識的な対応をして、ここでも韓国海軍は思いきり恥をさらしたわけですが。

 とにかく、要するに、ここにきてなにかが変わったということ。

 キーワードは「雑」と、「鈍感」かな。

 したがって、もうつきあう必要はなくなったと思うんですけどね >各国海軍。

 くりかえすけど、ルビコン川を渡ったんですよ。きっと。

●無礼の数々(一例)
2005年6月 トラファルガー海戦200周年式典 《李舜臣》
2006年9月 横須賀で補給艦《大清》 煙突爆発のおまけつき
2009年4月、中国、青島で《独島(竹島)》と李舜臣級の《姜邯賛(カン・ガムチャン)》
(今年の非道の数々は省略)


2018.12.22(18:39)|日々の雑感コメント:(0)TOP↑
 書くのをすっかり忘れてた。すません。_(._.)_

 立川吉幸さんがとうとう真打になることが決まったんですよ。8月末の芸協夏期研修会で正式発表されたもので、そこで書けばよかったのに、当時はしばらく忙しかったんもんで。

 いちおう、スポーツ紙にも出ていた。報知の「真打ち目前で前座に逆戻り 数奇な運命を歩んだ立川吉幸が来年5月に真打ち昇進決定」という記事。

 吉幸さんと会ったのは1回きり。故・永倉通夫さんの引退パーティーに招待され、知りあいのKさんを誘ったら、そのさらに知りあいということで、当日はじめて会ったのだった。

 いまでこそ、競輪関係の仕事を多数しているけど、当時はまったくの無名でね。名前を忘れないように、CSの落語チャンネル(だったと思う)に出演しているのを見たりすると、めちゃくちゃ咄がうまくて、なぜ二ツ目なんだろうと思って調べると、数奇な運命をたどった人で、これもいかにもアウトロー系の噺家っぽいというか。

 なので、すっかり好きになって、以後は活躍を陰ながら見守っておりました。

 そういや、昔、ブログで褒めたら、酔っぱらって電話をかけてきて感謝された、なんてこともありましたが。(^^;

 とにかく、上の記事にも書いてあるとおり、ほんとに数奇な運命の人で、前座と二ツ目を2回ずつやった噺家っていうのは、ここ50年では初じゃないでしょうか。戦前から終戦直後までは、いろいろ出入りがあったりしたので、そーいう人もいたと思うけど。しかも、どちらも合計10年以上。

97年10月、快楽亭ブラックに入門
05年、立川談幸門に移籍
07年、10年めにして二ツ目昇進
15年4月、師匠といっしょに芸協に移籍、1年限定で前座に
16年、二ツ目に再昇進
19年5月、真打昇進

 こういう感じですから。

 16年の再昇進の時点では、香盤の最下位になったんで、また二ツ目を10年くらいやるのかと覚悟してましたが、今回20人ぬきくらいかな?(昇也はまだみたいだもんね ) そのくらいで、めでたく昇進がきまったというしだい。

 なんだか嬉しいなあ。やっと「師匠」って呼べるようになるんだ。昇進したら、立川の予想会にでも行って、師匠って呼んでみたりして。(^^) あ、柏のほうが近いか。そういや、柏って行ったことないんだよな。

 てなことはどうでもいいんですが、とにかくめでたい。吉幸さん、遅ればせながら、おめでとうございます。

2018.11.13(12:03)|日々の雑感コメント:(0)TOP↑
 プロ連盟のサイトに行ったら、「訃報」が出ていた。こちら

 小島武夫、永眠。享年82歳。

 MONDO名人戦を引退したときから、この日が近いのはわかってたけど、とうとう逝ってしまいましたか。最後の出演はレジェンドマッチになったのかな。たしか、バトルロイヤルにも出てなかったと思う。

 まあなんというか、いい意味でも悪い意味でも、あざやかな博打打ちではなかったでとょうか。ろくでなしといえばろくでなしだけど、いわゆる人たらしで、嫌われることはあんまりない人だったんじゃないかな。

 まあ、あの人は小島武夫を「先生」と呼ぶのを拒んで、ああいう方向に行ったみたいだけど。いや、よくは知りませんよ。ヽ( ´-`)ノ

 若いころは相当にとんがって見えたけど、名人戦がはじまったころには毒舌の好々爺って感じで、脂っ気もぬけてたし、それでも九蓮宝燈をするりと和了ったりするのが、いかにも小島武夫でした。

 とにかく、70歳すぎても色気があったよね。それがすごかった。さすが、隠し子の数は本人も把握しきれないくらい多いっていう伝説の持ち主でした。

 孫の小島優がプロ雀士になったときもびっくりしたな。いっさい贔屓しなかったでしょ。まわりは忖度したかもしれないけど。あのへん、やっぱり芯が1本通ってたんでしょう。

 いうまでもなく、いまの麻雀界を創生した中心人物のひとりだったわけで、麻雀はこれまで40数年間、充分に楽しませてもらいました。

 合掌。(-人-)

 そういえば、「魅せる麻雀」を継承したのが、男の雀士じゃなくて二階堂瑠美姐だっていうのも、なんだか小島武夫が仕組んだっぽいなと思ったんだった。瑠美姐が緑一色を狙ったのを見たとき。いま思いだした。


2018.05.31(17:18)|日々の雑感コメント:(0)TOP↑
『ミラちゅー』がたいへんなことになってるらしい。Music Voiceの「親子の間で社会現象、ミラクルミラクル なぜ人気?関係者に聞く」という記事。

 たしかに、すごい動員力みたいだからね。ぢつは先月8日に、久喜でもライブがあったんだけど、相当な混雑が予想されるっていうことで、行くのをあきらめたりしたのでした。

 それはいいんですが、なんすか、「24年ぶりに復活した女児向け特撮実写ドラマ」って。ぉぃ、気になるのはそっちか。(^^;

 24年前っていうと、1993年。だから、たぶん『シュシュトリアン』のことをさしてると思うんですが。

 ぜんぜんおかしいじゃーん!

『実写版セラムン』を忘れてる!

 これって、いまとなっては伝説の登竜門ドラマなのにー。

 なんだかんだいっても、北川景子、泉里香(当時は浜千咲)を輩出したんだからね(当時の序列だと、こまっつぁん、美優ちゃん、安座真ちゃん、北川、浜の順だったけど)。

 この番組が終わったのは2004年秋だから、ここは13年ぶりが正しいのです。

 いや、ほんとは2006年か07年に『美少女戦麗舞パンシャーヌ』があるんだけど、これは厳密にいうと「女児向け」かどうか怪しいので、カウントしなくてもいいと思います。ヽ( ´-`)ノ

 あと、この記事では不思議なことがひとつ。文中に足立涼夏嬢が「神崎マイ」という名で紹介されてるんだけど、これはあくまで役名で、「マイ役の足立涼夏」と書くのが筋なのでは。

 というか、涼夏ちゃんは7~8年後にはEガールズのリーダーになってる可能性が高い、正真正銘の逸材でしょ。それを役名でかたづけるのって、いかがなものかと。

 という、本筋とは違うところばかり気になる記事でした。でも、ミラちゅーはほんとに完成度が高いっすよ。そろそろ最終エピソードに突入するし(来週からかな)。

【2.18追記】
『ミラちゅー』はきょうオンエアの回から最終章がはじまったようで。来週は放送がないので、のこり4話でスーパー・ネガティヴジュエラー毒毒団との戦いが1回、11日と18日で魔王との最終決戦、25日はエピローグと最後の総集編というような構成でしょうか。

そうなると、次はこのシリーズの第2弾があるかどうかが気になりますが、これは今後のお楽しみということで。でも、なんかやりそうだよね。これだけ売れたんだから。

2018.02.17(15:51)|日々の雑感コメント:(0)TOP↑
 雑なタイトルというか、くくりというか。(^^;

 まあ、ここ10日ほどは、ほんとにいろいろありまして。

 3週間弱前の1月22日、本家の当主というか、そーいう人が亡くなって、葬儀が会場のつごうで10日以上たった先週末、2月2日通夜、3日告別式になり、いまとなっては超ディープな本家とか分家とかの儀式をこなしたり。

 その当主みたいな人は実質的に絶対的なお姉さんだったので、儀式じゃなくて、ほんとに悼む時間をつくってみたり。

 それをこなした翌日、4日日曜はリハビリに励んで、スーパーボウルにそなえたものの……

 当日はここ15年くらいの習慣で、個人的スタッツを書きながら(おもにブログ用の備忘ですが)、気合いを入れて見ていたのに、4Qツーミニッツ直前でこの試合はじめてのサックでなんとブレイディがファンブルリカバーを食らって、試合が実質的に終わっちゃって。orz

SBLII otr

 これが自己流スタッツですが。これを書きながら見てると、より集中できるんだよね。ただそれだけですけど。ヽ( ´-`)ノ

 この試合については、あとでまた書くかもしれないけど、ペッツが負けたんで、書かないほうに5ガバスかな。書いてのこしたい気もしてるんで、結果はあした。

 で、ふと気がつくと、悪寒がひどくて、マジで震えてるんですね、自分が。軽い振戦状態。

 とりあえず昼すぎなんで、なんか食おうと思ったけど、用意したものの半分も食えず。これは明らかに異常。

 あわてて、体温計で測ってみると、なんと42゚cの天井を突きやぶる超高熱!

 生まれて60年超にして、初めてインフルエンザにかかったかと思いつつ、とりあえず風邪薬を飲んで、熱下げのためいっぱい着込んで布団にはいり、しばし。

 2時間くらいして、また体温を測ると、あれ? 37.6゙cだって。

 つづけて測ると、次は38.5゚c。次は40.2゚c。

 えーと、結論からいうと、この30年以上使った水銀式のアナログ体温計、寿命を迎えていたようです。ほかの体温計で測ると、だいたい38゚c前後。高値だけど、42゚cっていうのはなかったようで。

ヽ( ´-`)ノ

 とはいえ、インフルの疑惑はのこるなか、「いっぱい着込んで」をつづけること1日半。6日火曜日午後になって、ようやく高熱帯を脱して、まがりなりにもなんとか動けるように。

 もう、この段階では、法事も負けたSBもどーでもよくなって、とにかく体調をもどすことに専念しようと決意。とはいうものの、からだがかろうじて動くようになったのは、7日水曜日になってから。

 ここからは、「いっぱい着込んで」をやると反動でかならず覚悟しないとならない便秘との戦いが開幕。

「いっぱい」の場合、1日24時間で8リットル程度の水を摂取しつづけ、それを絶え間なく汗と便で体外に放出しつづけることで体温を下げるため、腸内の水分が排出されて、どうしてもひどい便秘になるのです。やった人はわかるでしょうが。

 なので、熱が下がったら全力で便秘を解消しないとならないんだけど、これが難事業で、詳細は省略するものの、バランスをとりもどすのに、きょう10日夕方までかかってしまいました。 

 本家筋の法事があると、これがいつものパターンなんだけど、そろそろつらいというか、つきあいきれなくなりつつあるのはたしか。どこかで断ち切ることを考えないと、こっちの身があぶなくなってきたっていうのが、本音だったりしますね。

 まあ、生存証明 兼 愚痴ですが。とほほ。

2018.02.10(19:13)|日々の雑感コメント:(0)TOP↑
パーツ館より

yogarashi

Author:yogarashi
2011年11月より、シーズン3の営業をはじめました

2007年~2011年のシーズン2はこちら
2004年~2007年のシーズン1はこちら

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