パーツ館にようこそ
 依光隆先生が亡くなったそうだ。朝日の「挿絵画家の依光隆さん死去」とか。昼に、とーこちゃんに聞いて、はじめて知った。

 この記事、「挿絵画家」というのが、真の意味での深いリスペクトを感じて、すこし泣ける。

 私自身はずっと「画伯」という言葉を使ってきた。でも、これは松谷先生の真似でね。

 本来は挿絵画家……「最後の挿絵画家」と、いっていうのが、いちばんいいのかもしれない。画伯の側面はよく存じあげているけど、それでも「挿絵」が依光先生の真骨頂であったのは、まちがいないわけで。

 話は違うけど、私が「先生」と呼ぶ人は、ごくわずかでね。きょう、日本将棋連盟会長に就任した谷川浩司先生をふくめて、わずか3人しかいない。つまり、谷川先生、松谷先生、依光先生。この3人。

 光瀬龍さんは師匠だけど、先生と呼んだことはなかった。あくまで「光瀬さん」。このへんは、SF作家を先生と呼んではいけないというポリシーもあって、そうなってるわけですが。

 閑話休題。

 ともあれ、依光先生も亡くなってしまったんだね。

 先月、喪中欠礼のハガキをいただいた。奥様が亡くなられて、ご自身も中野のマンションから、娘さんのところに引っ越したと、書かれてあった。

 その前に、私も喪中欠礼のハガキを出していて、これが最後のコミュニケーションになった。

 晩年は帯状疱疹に悩まされて、筆をとるのもままならず、結果的に引退するようなかたちになっていたが、今回の喪中欠礼ハガキに書かれていた文字は、ここ5年くらいでいちばん力強かったもの。だから、来年以降はまた大和がらみかなんかで、作品を発表されるのかと思っていたんだけど……

 来年2月以降、時間ができたら、一度おじゃまして、じっくりお話ししたいと考えていたんだけど、それも叶わぬ願いになってしまった。

 きっと、奥様のあとにつづく気になったんでしょうね。だから……

 ま、しかたないか。

 とにかく、小学校に上がる前から、「夢」を挿画としてリアル化しつづけていただいた依光画伯に、感謝をささげるものであります。それがすべてです。

 たぶん、私の人生を決定的に変えたのは、依光画伯が描かれた、講談社版『百万年後の世界』(E・ハミルトン『時果つるところ』)のカバー画だったと思います。

 それから、紆余曲折を経て、ローダンでごいっしょさせていただいて……あの20年くらいが、人生でいちばんいい時間でした。

 本当にありがとうございます。

 ほんとに、感謝しかありません。

 合掌。

2012.12.25(19:58)|日々の雑感コメント:(2)TOP↑
依光先生には講談社の科学名作シリーズや
SFベストセラーズ、やや年長になっての
秋元文庫の挿絵で楽しませていただきました
また光瀬先生のご葬儀の時にお話しをして
いただいた事も貴重な思い出です
依光隆先生のご冥福をお祈りいたします
From: 流転 * 2012.12.26 17:40 * URL * [Edit] *  top↑

元日の朝、親族の方からあらためてハガキでご報告をいただきました。葬儀がなかったので、これでなんとなく実感した感じです。
From: よが * 2013.01.01 17:23 * URL * [Edit] *  top↑

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