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パーツ館にようこそ
 往年の名チャンプ、ハーリー・レイスが亡くなったそうだ。

「美獣ハーリー・レイスさん死去 76歳・肺がん」(東スポ)
「徳光さん、故ハーリー・レイス氏を「本当にナイスガイ。ウジウジ、ギャラのことは言わない」」(報知)
「小橋建太氏「これがチャンピオンか」憧れた伝説的プロレスラー、ハーリー・レイスさん死去」(報知)

 などなど。

 子供の頃、70年代から82年くらいまで、いちばん好きなレスラーがハーリー・レイスだった。

 当時の一番人気はたぶんミル・マスカラスだと思うし、顔も体型も(笑)お世辞にもかっこいいとはいえないレイスがなぜナンバーワンだったのか、正直よくわからない。

 ただ、レイスはザ・チャンピオンだったんだよね。当時はNWAが世界最高峰の団体で(正確には団体の集合体ですが)、そのザ・チャンプだから、好きだったんじゃないだろうか。

 あの頃はたしか……AWAがバーン・ガニアからニック・ボックウィンクル時代への移行期かな、ニューヨークのWWWFは相いかわらずのブルーノ・サンマルチノから、キワモノ、ビリー・グラハムが出てきたくらいか。

 他団体がこーいうメンツだから、ファンク兄弟とかブッチャー、マスカラスと、スターがひしめきあってたNWAがやっぱりいちばんだったんでしょう。で、そのまたトップっていうことで。

 記憶が曖昧だけど、ブレーンバスターを日本ではじめて披露したのは、レイスじゃなかったかなと思う(調べた。日本初公開は1966年。開発者のキラー・カール・コックスがvs吉村道明戦で披露したらしい。でも、これはさすがにおぼえてなかった)。でも、レイスのブレーンバスターは中嶋勝彦のヴァーティカル・スパイクみたいな落とし方で、すごく説得力があった。

 ブレーンバスターについては、その後ダスティ・ローデスがえぐすぎる垂直落下式を見せるようになって、こっちのほうが有名になったけどね。

 80年代も半ばになると、いちばん好きなレスラーはレイスからリック・フレアーに変わり、78年の藤波辰爾の凱旋から新日も見るようになって、好きな選手がだんだん日本人にシフトしていった結果、いまやナンバーワンは藤本つっかですからね。時の移ろいっていうのはナンダカナン。いや、自分が悪いんですけど。

 それはいいとして、とにかくハーリー・レイスは若い頃の自分にとって、最高のレスラーだったのです。

 ひとつ、いまでも鮮明におぼえてることが。

 たぶん、初期全日の中継だったと思うんだけど、解説者がこんなことをいいました。

「ハーリー・レイスのあの太鼓腹にはね、スタミナがいっぱいつまってるんですよ」

 なんだか知らないけど、これにものすごく納得しちゃったんだよね。実際、そんな感じだったわけで。

 ということで、ザ・チャンプにはとてもとても楽しませてもらいました。ありがとうございました。

 合掌。(-人-)

2019.08.03(11:27)|スポーツ・プロレスコメント:(0)TOP↑
パーツ館より

yogarashi

Author:yogarashi
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