パーツ館にようこそ
 だそうです。

「週刊アスキーよりお知らせ」という告知。webニュース系ではネトラボの「週刊アスキー5月末で印刷版は休刊へ 以降はネット/デジタルに完全移行」など。

 ある意味、象徴的出来ごとですかね。唯一のPC専門週刊誌がなくなるっていうのは。

 20年前、まだ隔週刊の『EYE-COM』だったころから定期購読しはじめて、いしかわじゅん師の「だサル」とか、金井師・秋元師の「東京トホホ会」とか、ウケまくってたもの。

 でも、OSがXPに変わったころからは、だんだん疎遠になって、2005年くらいかな、最後に買ったのは。なんていうか、雑誌でPCの情報を読むっていう習慣そのものが、なくなっちゃったわけです。

 だから、あんまり残念とは思わないものの、ひとつの時代が終わったのはたしかでしょう。まあ、完全電子化っていうことで、休刊するわけじゃないんだけどね。

 それはともかく。

 上の週アスのリンク。Fierfoxで開くとこーなります。

asu01.jpg

 テシタル化? 見出しだけじゃなくて、本文にも濁点・半濁点がない。(^^;

 ラディカルなアスキーだから、日本語の古い常識をくつがえして、誌面から濁点・半濁点をすべて消しちゃったんだろうか?

 まさかそれはないから、ためしにIEで開いてみると……

asu02.jpg

 さらにドン!(なんだっけ、これ?(^^; ) 完全に文字化けしてます。

 Chromeで試すと、はじめてまともに表示されたけど、主要全ブラウザに対応させなくていいんですかね、ウェブマガジンなのに。

 いろいろ調べると、どうやらUTF-8が悪さをするらしい。でも、この現象はマックでは起きないそうで、なーんだ、PC雑誌もマックでつくってるのね。(´・ω・`) 

 ということは、もちろん昔から知ってはいましたが。ちょいと嫌みをいってみたくなるような文字化けというか、不手際でありました。ヽ( ´-`)ノ

2015.03.31(09:43)|PC、webコメント:(0)TOP↑
 いちおう、プラモデルのつづき。具体的には、こちらのつづき。

 F-4ファントムIIのお話。

F-4EJK 01

 1950~60年代のひこーきが好きになった直接の理由は、小学校4年生(1967年)のとき、親父がストックしていた54~62年ごろの雑誌『航空情報』を見つけて、それを読みふけったからだった。

 親父は予科練帰りで、かーなりひこーきが好きだったんだろう。私がひこーきを見たいというと、すぐ横田基地とかに連れていってくれたもの。

 そーいえば、C-5Aギャラクシーが横田に初飛来したときは、わざわざ時間をあわせて到着するようにして、双眼鏡のあるドライブインの屋上から見たりしたもの。

 で、当時はベトナム戦争まっただなかで、横田や厚木には大量のF-4がいたんだよね。

 そのせいか、戦闘機っていうと、どうしてもF-4が象徴的機種になっちゃうわけです。

 たぶん、当時の自衛隊は主力がF-86Fで、そろそろF-104も配備がはじまってたころだと思うんだけど……

 近所の基地っていうと、まず思いつくのは横田で、自衛隊は立川に少々、府中の空自総司令部にいたっては、陸自のUH-1が何機かくらいしか配備されてなかったからね。だから、空自は「リアル」じゃなかったのですよ。

 ちなみに、東府中の空自総司令部を外から眺めていると、UH-1が離陸して、こっちを追い散らすように迫ってきた、なんていう経験も何度かありますが、それはまあ陽水の夏休みの記憶みたいなものなんで。(^^)

F-4EJK 02

 とにかく、小学生のころ、戦闘機=ひこーきっていうと、やっぱりF-4だったと思うんですよ。

 でも、どうなのかな。当時、日本の空を飛んでたのは、海軍のF-4Cが多かったのかも。空軍のF-4Eは、雑誌とかでは最新鋭・最強の戦闘機っていわれてたけどね。たぶん、よく目にしてたのは、F-4Cじゃないかと思います。

 これについては、とても印象的な記憶がひとつ。

 1970年ごろ……たぶん71年だと思うけど、ホンダがN360の後継として、「ホンダZ」っていうクルマを売りだしたんですよ。

 で、そのホンダZのポスターに、厚木のF-4CとならぶホンダZっていう超巨大・横長のやつがあってね。

F-4EJK 003

 これがF-4Cだとして、その手前にホンダZが停まってるポスター。幅2m以上、高さ60cmくらいだったかな。

 どういう経緯かは忘れたけど、このポスターを手に入れて、天井に貼ってた時期があって。

 もちろん、ホンダZには興味ないわけで、そのくらいF-4が好きだったっていうことでしょう。

 なんだかんだいって、史上最高の量産ジェット戦闘機だもんね。子供心に、充分にインプリンティングされて当然でしょう。

 今回、F-4をつくるのは、ぢつは35年ぶりくらいだったのです。そのせいか、つくってる途中でも、子供のころのあれやこれやをいっぱい思いだして、それもなんていうのかな、「自信」の一部になった部分があったりします。

 まあ、それはともかく、ファントムII、かっこいいよなー。(^^)

 こいつは、将来にそなえて、1/72をもう1個くらい、ストックしといてもいいかも。

 その前に、1/48をいつつくるか、そのへんも考えないとならないわけですが。それほど豊富に時間がのこってるわけじゃないからね。ちゃんちゃん。

2015.03.22(19:43)|人生を語るコメント:(0)TOP↑
 前回のつづき。

F-4EJK 05

 制作ノートといっても、今回は基本的に素組なので、大きなディテールアップなんかはやってないんだけど。ひたすら、ていねいに組み、塗装して、デカールを貼っていくだけで。

 とはいっても、やっぱり最小限の追加工作は必要で。まず、コクピットまわりでは、大分の紙創り(和巧)さんの「汎用現用機シートベルト」を使ってみた。まあ、コクピットを閉め……以下いつものとおり。写真を撮り忘れたのもいつもどおり。ほんとに学習できないんだから。(TnT)

 あと、機首のピトー管もいつもどおり、真鍮パイプ・線を組みあわせて自作してある。

F-4EJK 08

 えーと、急遽写真を撮ろうと思いたったんだけど、黒いバックになるものがなくて、しかたなくルーペの上に載っけたもんで、まわりがきたないですが。(^^;

 上がキットのパーツ、下が自作品。やっぱり、ここは金属製にしたほうがいいと思います。はい。

 21世紀のキットだから、かなり精密だし設計もいいんだけど、やっぱり何カ所かつくりにくいところがあるのが、ハセガワのいいところ。

 今回でいうと、機首のM4、エンジンノズル上のA1とA2、下面のA15とA16といったパーツは、組説の指示どおりにすると位置決めがかなりむずかしそうなので、真っ先にとりつけるほうがいいと思う。

 あと、No14「武器のとりつけ」でカットする指示になっているC7の突起などは、No8「主翼の組み立て」の最初の段階、パイロン用の穴開けといっしょに処理しておかないと、たぶんたいへんなことになるはず。

 逆に、水平尾翼はデカールを貼ったあとに接着しないと、コーションの位置がおかしくなる。

 ぢつは今回は先に接着しちゃったため、コーションが実機よりやや前になってしまったのですよ。しくしく。デカールを分割して貼ったり、いろいろやってみたんだけど、あとの祭りで。(TnT)

F-4EJK 06

 武装はいちばん標準的な、AIM-7FとAAM-3を4発ずつ。あと、ハイGタンク。当初は爆装または対艦攻撃用にしたかったんだけど、ぜんぜん資料がなくて。

 まあ、スパローはこのあと、ほとんど使う予定がないのに、在庫がいっぱいあったから、処分にもなるし、これでいいやということで。

 塗装は下面と主翼・水平尾翼の迷彩が308、上面が307、ハイGタンクが305の指定色。

 ただし、ただし、実際に使ったのはMr.カラーのC番号じゃなくて、H。(´・ω・`)

F-4EJK 005

 これ、何年前くらいかなあ、水性ホビーカラーの特色として限定発売されたもの。だいじにとってありまして、この色味を参考にしながら、ニュートラルグレー、銀、青なんかを調色してつくった3色を使用。

 いや、4色でした。主翼の迷彩部分に関しては、308だとくっきりしすぎるので、307にすこし白をくわえたものを塗りなおして、境界がぼんやりするように調整したんだった。水平尾翼に関しては、そのまま308でOK。

F-4EJK 09

 エンジンノズル周辺と水平尾翼の金属むきだし部は、黒鉄をメインにしつつ、銀や青をくわえてパネルごとに塗りわけてみた。実機写真を見ると、このへんのパターンは機体ごと、時期ごとにかなり違うようなので、あくまでそれらしく、くらいの精度で。やや、この写真を見ると、スパローのノズル部を開口してあったりするのがわかるぞ。てっきり見えなくなると思ってたのに。

 閑話休題。

 だいたい、F-4EJ改の場合(F-15Jもそうだけど)、個体と時期によって、色ムラがかなり違うんで、そのあたりもイメージ優先にするほかないみたいなんだよね。

 たとえば、こちらのサイトなんか見ると、緻密に再現するのは無理だと思っちゃうし。

 そのウェザリングに関しては、後日こんなんを読むことになりました。

F-4EJK 004

『MADEL Art』4月号の特集「色ムラや汚れの忠実再現にトライ 現用機の塗装とウェザリング」という記事。ちょうど作例がF-4EJ改(1/48)だったんだよねー。

 でも、とても参考にはなったものの、もうデカール貼りに進んでいたんで、今回は反映しないということで。1/48をつくるときは、参考にしたいと思います。はい。

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 コクピットまわりも、めずらしくきれいにできたと思っております。ただし、ここでは……

 1/72では1/48と違って、キャノピーの透明パーツが4ピースにわかれたやつしかなくて(1/48には1ピース化した、いわゆる閉状態のパーツもついてるんだけどね)、ここをきれいに、かつ齟齬なくしあげるには、それなりの技術と根気が必要になるはず。

 実際、ここだけで4日ぐらいかけて、デザインナイフで接合部をカリカリ削りつづけて、ようやく矛盾なく(見えるように)位置決めできたくらいで。でも、ウインドシールドのクリアブルーがきれいに塗れると、そのへんの苦労も報われるというか。そのへんがプラモデルのいいところだと思ったり。

 じゃないと、ハセガワのキットはつくれないっていいますか。(^^;

(いちおう、つづく


2015.03.22(18:42)|プラモコメント:(0)TOP↑
 1月中旬からつくりはじめたやつが、先週の日曜日、ようやく完成しましたよ。

 途中で2週間くらい、TBX-2に浮気していたから、トータル1カ月半くらいかかった計算。まあ、デカール貼りだけで8日間かかりましたから、あとは推して知るべし。

 で、つくったのはこれであります。

F-4EJK 001

 ハセガワ1/72のEシリーズ37。F-4EJ改ファントムII。現在のところ決定版のキットでしょう。

F-4EJK 002

 F-4EJ改は1/48も持っているけど、今回はあえて1/72。なぜ「あえて」かというと、せっかくの決定版キットなので、可能なかぎりていねいに、緻密につくろうと決めたから。

 考えてみると、ここ数年でつくったプラモデルは、大半が企画ものか、自己都合設定か、または年齢による能力減退を大目に見たようなものばっかりだったわけです。

 でも、このへんで、いまの自分にどのくらいのクオリティが実現できるか、ためしてみたいと、そう考えたのですね。

 なんてったって、ファントム改は現役機なんだし、F-4は自分にとって、いわばひこーきの原点だから、ここでチャレンジしておきたいということで。それで気に入ったものができなければ、いさぎよく精密路線は卒業するまでという決意で……やや大げさにいうと。

 結果、けっこういい感じにできあがりました。

F-4EJK 03

 ほっとしたー。よかったよかった。自分にも、まだこのくらいのクオリティを維持できるとわかったわけで。

F-4EJK 04

 もちろん、世の超絶モデラーさんたちにとっては、このくらいの完成度はあたり前だと思いますが、なんたってこっちはもう57歳半で、目は老眼プラス乱視。手は半分しびれて、震えもとまらない(笑)という状態ですから。ふつうなら、1/72はもう卒業してておかしくないというか。

 それが、なんとかこのレベルまで持ってくることができたんだから、これは自信につながりました。

 つまり、タイトルの「自信作」は、「自信を持って人様に見せられる作品」という意味じゃなくて、「自信をすこしとりもどせた作例」ってことです。

 うん。まだしばらくは1/72で行けるな。つか、次は1/144にかかったりしてるんですがね。(^^;

つづく

2015.03.22(16:18)|プラモコメント:(0)TOP↑
 おもしろい世の中になったもんで。

 知らなかったんだけど、こんなもんが電子出版で復刻されてるのね。「BookLive、『伝説巨神イデオン 接触篇&発動篇』の劇場版パンフレットを電子復刻版として独占配信」というお話。ほほう。イデオン劇場版がリバイバル上映されたんですか。なるほど。

 この映画はもちろん、公開初日に映画館で見ていて、パンフレットはいまもあります。

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 こういうやつ。かれこれ、33年くらい前? なんともなつかしいっす。

 で、なかを見てみると、これがなまらかっこええ。

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 イデオンの最期のイラストとか、描きおろしですよ。たぶん。

 センターには、観音開きでこれ!

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 ガンドロワの向こうにあらわれるバイラル・シン! ソロシップちっこい。(^^;

 後半は思いきりだれてますが、たしかにいまでも一見の価値があるかも。って、まだ売ってるのかな? よくわかりませんが。

 イデオンかあ。VHSは持ってたけど、DVDはないんだよなー。そのうち、機会があれば、もう一度くらい見てみたい気もします。はい。

2015.03.18(17:31)|小説・本コメント:(0)TOP↑
 サトマヤに思いのほか早くチャンス到来!

 地元川口のGI開設記念グランプリレース。サトマヤは初日2着ながら戒告かなんかをうけたものの、そのあとたてなおして、2131で自身初のGI優出をはたした。

 これで当面の目標は達成した思っていたら、そのあとの準決勝が波乱の連続で。

 浦田が負け、キムタケが落っこち、最後は永井まで消えちゃって、優出メンバーはこんな感じに。

12R 優勝戦 8周回 4100m

1 小原  望 川口 31期  0 ドラゴンホース
2 佐藤摩弥 川口 31期  0 マジョリティ
3 鈴木聡太 船橋 29期  0 クロギズモ
4 武藤博臣 船橋 28期  0 スティッチ
5 大木  光 川口 28期 10 ヨシタカ
6 佐藤裕二 川口 24期 10 ライキリ
7 若井友和 川口 25期 10 モエルトウコン
8 松尾啓史 山陽 26期 10 ラディカルV

 これはGIをとる千載一遇のチャンスでしょ。つか、とれっていう天の配剤ですよ。

 このところ、ワカが調子をもどしてきてるものの、あとはなんとか優出したっていうメンバーばっかりだからね。

 道中を見るかぎり、相手は武藤くらいしかいないんじゃないかな。もしかすると、1番人気になるかもしれないってくらい、ほかの選手と勢いの違いがありそう。

 まあ、実際ははじめての8周回だし、きのうも最後は松尾に迫られてたし、きびしいとは思うけど、期待だけはふくらみます。

 ここで制覇できると、あとあとまで大きいからね。ぜひ踏んばってもらいたいものであります。

【追記】
終わってみれば、やっぱり若井でした。

ただ、8周3Cまでは小原がトップだったんだよねー。ということで、久しぶりの川口ワンツー。

若井は8周3Cでつっこむとき、広木を思いだしたそうで、口のほうも絶好調っぽい。つか、その名前は出さないほうが。(^^;

また、これで完全に息を吹きかえしたそうで。たしかに、伊勢崎の期別対抗戦決勝でも粘り勝ちしていたし、SG戦線に復帰しそうな気配。

2015.03.15(14:33)|公営競技コメント:(0)TOP↑
 開幕って書こうとしたんだけど、ついつい本心が出てしまった。(^^;

 だって、改悪以外のなにものでもないよねー >2シーズン制。

 つか、だめだったから1シーズン制にしたわけで、それを収入を増やすためだけに復活させるっていうのは本末転倒でしょう。

 だいたい、あれはどうなったんだよ。なんだっけ、Jリーグ100年構想かな。将来を見すえたら、こういう暴挙はぜったいにできないわけで、言行不一致もいいところ。

 以前と違って、いまはACLもあるから、スケジュールは過酷をきわめるだろうし、年間勝ち点1位のチームがプレーオフにすら出られない、みたいな事態もいろいろ考えられるはず。

 唯一の利点とされる収入増だって、過密スケジュールで試合の質が落ちれば、必然的に観客ばなれが起きるわけだから、むしろ減収になる可能性のほうが高いんじゃないの。

 てなことをつらつら思いながら、そろそろキックオフであります。今年は湘南に注目。

2015.03.07(14:02)|スポーツ・プロレスコメント:(0)TOP↑
 恐れいりました。

 船橋の年度末開催で、益春菜が通算2度めの優勝を飾った。しかも、4日間だれにもぬかれないオール1着という、文字どおりの完全優勝。

 しかもしかも、優勝戦は浦田をさしおいての1番人気を背負って、堂々の押しきりですよ。

 ちなみに、優勝戦のメンバーとハンデはこんな感じ。

1   0 益春菜
2 10 平川博康
3 20 小林悠樹
4 20 春本綾斗
5 20 須賀学
6 30 早船歩
7 30 西村龍太郎
8 30 浦田信輔

 このメンバーで、3.34という事実上の試走一番時計から、上がりも驚異の3.41!

 まあね。実質的な試走3.32で、上がりがこれだけ出てたら、3.33試走の浦田でも物理的にぜったい追いつけないわけで。

 なんだか、ここ1年くらいで優勝を量産しそうな気配。

 あと、アウェイで優勝した女子選手はこれが初ですね。サトマヤは2度とも川口だから。

 なお、船橋で川口所属選手が優勝したのは、なんと2006年3月の青木治親以来、9年ぶりだそうで。(^^;

 ところで……

 新タイヤ導入から1カ月が経過したわけですが、前に書いたとおり、やっぱり軽ハン勢が逃げねばる展開が多くなってると思う。

 そういえば、実況で「タイヤが終わったのか」みたいな言葉を聞くこともなくなったような気も。

 これがタイヤのせいだとすると、レースそのものも若干変わってくるのかも。

2015.03.05(17:00)|公営競技コメント:(0)TOP↑
 きのう、サムライで初回オンエアがあり、世Ⅳ虎vs安川惡斗の試合を入場から退場まですべてやるっていうことだったんで、見させてもらいました。どういう経緯だったのか、実際に見てみないと、意見もいえないので。

 結果、わかったことがひとつ。世Ⅳ虎にはいっさい非がない。

 また、ヤンキーの本領を発揮したという事実もない。申し訳ない >世Ⅳ虎選手。

 ああいう結果になった直接の責任者は和田京平だった。「選手に闘争心があるから」という理由で続行させていい状態かどうか。そこを完全に見誤ってた。

 和田京平も老いたんだなあ。

 もうひとりの責任者は、あまりにもいいかげんなかたちで、タイトルマッチを強行した、ロッシー。これはもともといちばん責任があるわけですが。

 さらにひとり、戦犯がいるとすると、試合後、世Ⅳ虎につっかかっていった木村響子。あれで、試合の評価が一変してしまい、責任が世Ⅳ虎に転嫁されてしまった。

 そのあげくの、惡斗の退場時の「プロレスの試合しろよ、くそチャンピオン」という叫び。あのリフレインが、その印象を増幅させたのはまちがいない。

 はっきりいって、プロレスをしなかった(できなかった)のは、惡斗のほうだったんだけどね。

 それが事実関係。

 一方、世Ⅳ虎は終始冷静にふるまい、なんとか「プロレスの試合」を成立させようと努力していた。ナックルを使ったのは、先に惡斗が使った場合にかぎり、あとは掌底だったし、最後までプロレス技を使おうとしていた。

 つまり、ナックルについても、プロレスのルールの範囲内だったということ。

 もし、世Ⅳ虎に問題があるとすると、アクシデントに見舞われた相手にどう対応するか、その部分の経験がなかったっていうことくらいかな。

 たとえば、キャリアが7~8年あれば、もっとはっきりアピールして、早くレフェリー・ストップにするという選択肢もあっただろう。

 まあ、そうする前に和田京平が止めてなきゃいけないんだけどね。

 ということで、くりかえすけど、世Ⅳ虎にはほかに選択の余地がないまま、ああいう結果になった。ところが、試合後の木村響子と惡斗の言動で、その部分が掻き消されてしまった。それが今回の騒動のすべてだと思います。はい。

 そう考えると、木村の責任も相当に重いね。もういいかげん、消えてほしいかも。後日の会見でも、ばかまるだしだったし。

 ともあれ……

 これを見たからには、やっぱり夏樹☆たいように、できるだけ早く復帰してもらわないとな。

 エンディングの回顧シーンで、夏樹の姿が何度となく流されたけど、これを編集したなかの人も、同じように考えたんじゃないだろか。すくなくとも、そういうメッセージだと思えた。

 そういえば、引退後は世界じゅうを旅するっていってたんだった。いいかげん、もどってきてもいいころだし、世Ⅳ虎を早期に救えるのは夏樹だけだよ。たぶん。

*追記:松本浩代ブログによると、この日は夏樹、ギリシアあたりにいたらしい。

 ほかの試合でひとつ、印象にのこったのが、イオvsコグマのハイスピード王座戦で登場した「レフェリー・カメラ」ってやつ。あれ、斬新でいいかも。あんまり多用するとくどくなるけど、新しい視点を提供してくれそうな気がします。

 ついでに……

 アクシデントに見舞われた相手にどう対応するかっていうと、昔々のECWでの、テリー・ファンクの試合を思いだすなあ。相手はだれだったか、おぼえてないけど。

 その試合、ハードコア・ルールで、相手選手がラダー上へのダイビング・ギロチンドロップを敢行したものの、そこで骨盤骨折というとんでもない重傷を負ったのね。すると、異変をすぐに察したテリーは、観客にはそれとわからないようにうまく立ちまわり、すぐフォールして、相手を救ったんですよ。

 まあ、テリーとくらべるほうがおかしいんだけど、世Ⅳ虎にその10分の1のキャリアでもあれば、こういう事態にはならなかったでしょう。そこが残念といえば残念。

2015.03.02(13:08)|スポーツ・プロレスコメント:(0)TOP↑
パーツ館より

yogarashi

Author:yogarashi
2011年11月より、シーズン3の営業をはじめました

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